未分類

「1867〜御代に花咲く」公演を終えて&書き上げて :多分激動の2ヶ月だった。

投稿日:

松戸市民劇場での オペラ「1867〜御代に花咲く」と、ガラ・コンサートにお越し下さった皆様に感謝です。 何もモチーフはないが、僕の感想を書き連ねようかと思う。

この演奏会は僕にとっては結構貴重な時間でした。 コロナによって、情勢が目まぐるしく変わり、演奏会も自粛の動きになりつつある中、演奏会が無事開催されたことがまずとても嬉しい。

 そして、松戸観光協会さんからの打診で、以前からお願いすると言われていたが、11月での打診で、2月に開催ということで、以前から草案や、戸定邸アンサンブルでの楽曲はあったものの、脚本を依頼して、それから書くとなると、何も今までのはイメージというか、パラフレーズにもならない。しかも、メンバーも1から探すという、本当0からの出発でした。

 11月中旬ごろ開催するかもというお話をいただく。

 11月下旬2月7日の荒川の予定と会館の予定をすり合わせ。まだ開催可能性がある段階。

   とりあえずメンバーを大山大輔氏に打診、脚本を大日さんに打診。

 12月初旬演奏メンバーを打診、当初カルテットとピアノを探す。

   知人のチェロも、ヴァイオリンも難しいことがわかり、ヴィオラだけでもいけると思い、生野さんに確認、アポを取る。同時にいつもお世話になっていたピアニストが、都合が悪かった人、時間の制約上厳しいと断られたこと。そして、多忙を極めている田村緑さんにお願いしたところ、いくつかの条件下でオーケーをいただけたことで、メンバー構成を正式決定。歌手の構成&配役も決まる。

 12月中旬、メンバーとのリハーサル調整、契約や制作をする。この時点で作曲はまだ手をつけておらず。序曲から始める。

 12月下旬 序曲完成。年末あたりに大日さんから前半部分の台本が数回に分けて送られてくる。それに合わせてすぐさま歌の部分作曲開始。

 1月11日初回リハーサル。それまでに前半8割を完成させる。トータル6日間ほどで完成。

    1回目リハーサルの模様はyotubeにアップ

 1月下旬。演奏仕事もひと段落し、残りの作曲に取り掛かる。2割ほどと考えていたが、構想と話の展開を考え、引き伸ばす。youtubeの動画だと29:55-から最後まで。かなり前半と後半のイメージが変わったのが聞いていてわかると思う。精神状態もあるが、後半の方が、ゆったりと構えて言葉一つ一つの趣きに振り子のように感情に合わせて書いた。前半はむしろ、ラ・ボエームのように元気で展開が早いイメージを持っていた。ただ、律子のアリアは、大日さんの作風も少し加味して、キャッチーなイメージも取り入れたが、台本の言葉の多さに、そこの部分の曲が長くなると懸念し、テンポ感などを工夫した。86から44に変えて一呼吸して戻るところなどはそんな箇所。

 後半は、言葉の魔力に引き込まれ、段々現世から離れていく様を曲に表す。ここら辺の手法は、自身が前からよくやっていたことだが、例えばクラリネットソナタの3楽章のコーダや、インストルゥメンタル・カラーズの2楽章、3楽章などは、あちらの世界に半分踏み入れているような世界観。そんなものも歌で表現した。田村さんには、ピアノの表記について、結構アドバイスをいただきとても助かった。そして1回目のリハーサルの時、田村さんお音色のイメージ通りと、また演奏技術の高さに驚かされ、もう少し、冒険しても良いなという判断をしフィナーレでの難易度を上げてしまった。その分、こちらも難易度が上がるわけだが、結果的に、全員で緊張感が高まる演奏になった。もちろん、初演では、みんな各々難しさゆえ、緊張が走ったが、決してテクニック的なことだけではなく、音楽的な崇高なイメージへの対処法を感じられての緊張感だ。そういったイメージをみんなが持っていて、すごいメンバーだなと改めて感じたし、リハを重ねていくうちに、大山さんが集めた、小林さんと仁賀さんの才能のすごさ、確実な生野さんのヴィオラの音色にも深く感銘を受けた。

 そして、弾きっぱなしで申し訳なかったが、田村さんのピアノのサウンドが、本当にマッチした。曲を0から書くとき、完全にその人の演奏や顔、声域、性格を見据えて書いてしまう。多分、作曲家の人は多いのではないだろうか。

 なにはともあれ、下旬にはある程度みんなに提出したが、完全に仕上がった楽譜を送付したのは、2月1日。7日が本番で3日と6日がリハだったので、奏者にも感謝しかない。

 3日のリハーサルでは、全部初めて通し練習ができ、6日には、当日がゲネプロができないことを伝え(当日午前中は別の演目があって、僕らが入れたのは13時から)、ゲネのつもりで通した。観光協会さんも急ぎでのことだったので、さぞバタバタだったと思うし、私たちのために、枠を作ってくれて、資金を捻出し、場所を提供してくれただけでもありがいと思うので、その悪条件を、むしろ楽しんで挑んだからこそ、すごいみんなで7日に向かったような気がする。

 7日の演目に向けて、知人や生徒にも手伝ってもらった。撮影舞台は、僕のzv-1とiphoneのカメラ2台。iphoneはスタビライザーついているとはいえ、音も一応2台でも撮った。ホールの釣りマイクをオンマイクに指定して、そのカメラの方の2台の音源は、オフマイクに使う予定で、実際その通りにした。面白いのが、仁賀君がとても格好いいので、生徒が彼が歌い始めたら、ズームしたり、動いたりで、結局いいショットの時ブレブレになり、全体の構図用のiphoneの固定アングルに戻さざるを経なかったことだ。二カメを本番夜編集中になかなか苦労した。でも、なんか微笑ましいなと感じた。

 初演の演奏は、各々もちろん僕も含めて演奏の傷がある。みんなそれはリベンジしたいと思っていると思うのだが、僕も含めてそうだけれども、なんかそれが逆によかった。緊張感というか、初演の産みの苦しみ、今までにない演奏を、初めてのメンバーで、歳の差も関係なく公演をやり切ったなんともいえない喜びをじんわり噛み締め、僕も舞台でのエスコート等の配慮のなさも多々反省点だが、僕も作曲したとはいえ、当日舞台では演者なので、実際ふらふらになった。会社としても、全体像で動いていたので、演奏の瞬間の全体像の把握もすごいフォーカスのダイナミックに対処が大変だった。でも、それを生野さんや田村さんが見事に音楽のクオリティを底上げしてくれた。すごいことだと思う。

 会社手伝ってくれた、他の皆さんも本当助かった。また観光協会側の皆さんも本当感謝でいっぱいである。もちろん開場時の運営等や、チケット面での問題はあったとおもう。しかし、みんな異種格闘技でやったコンサートで、それぞれなんかすごい力で当日を迎えたような気がする。僕はそれを感じられ、それをお客さんが感じ取り、方々で、良かったといっていただけた事が、とても嬉しい。まだ未定だが、まずは水戸での再演可能性があるかもしれない。次の公演先も探している。この公演は、ロングランで続けていく気がしてならない。

編集した動画も、当日夜に徹夜で編集し、翌日から札響に出演で前のりだったので、飛行機内、ホテル内でも作業していた。やっと公開できて良かったと思う。

 そして、また近々集まって、録音し、戸定邸での当時の服装で、軽い演技がついた物を撮影したい。

-未分類

Copyright© Hiroshi Arakawa website , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.